遺言執行者とは何か

遺言執行者とは、遺言書に書かれた内容を実現するために動く人のことです。預貯金の解約・払い戻し、不動産の名義変更登記、株式の名義書換、遺贈の引き渡しなど、相続発生後に必要となる手続きを遺言の趣旨に沿って実行します。
2019年7月1日施行の改正民法により、遺言執行者の地位と権限は大きく変わりました。改正前は「相続人の代理人」という位置づけだったため、相続人と利害が対立する場面で動きにくいという問題がありましたが、改正後は遺言執行者が独立した立場で職務を行うことが明確化されています。(民法第1015条)
加えて、特定財産承継遺言(「◯◯の不動産を長男に相続させる」といった遺言)について、遺言執行者が単独で相続登記を申請できる権限が認められました。(民法第1014条第2項)
預貯金についても、遺言執行者が単独で解約・払い戻しを行える権限が明文化されています。
つまり、改正後の遺言執行者は「遺言の内容を確実に、かつ迅速に実現させるための強い権限を持つ実行者」という位置づけになったのです。
遺言執行者が必須となる2つのケース

特定の遺言内容については、遺言執行者がいなければ実現できないものがあります。該当する遺言を残すなら、遺言執行者の指定は事実上の必須要件です。
子どもを認知する場合
婚姻関係にないパートナーとの間に生まれた子どもを、遺言で認知することができます。(民法第781条第2項)生前に認知できない事情がある場合の最後の手段ですが、認知の届出は遺言執行者でなければ行えません。(戸籍法第64条)
認知された子は法律上の親子関係が発生し、相続人としての地位を取得します。家族構成によっては相続人間で動揺が広がる重大な遺言であり、中立的な専門家を遺言執行者に指定しておく実務的な意味も大きいでしょう。
推定相続人を廃除または取消す場合
長期間の虐待や重大な侮辱があった相続人について、遺言で相続権を奪う「廃除」を行うことができます。(民法第893条)
逆に、生前に廃除した相続人について、遺言で取消すこともできます。(民法第894条)
廃除・取消の申立ては遺言執行者が家庭裁判所に対して行う必要があり、遺言執行者の指定なしには手続きが進みません。廃除の認否を裁判所に判断してもらう非常に重い手続きであるため、弁護士や司法書士など法律の専門家を指定するのが一般的でしょう。
法律上は任意でも実務上「選任すべき」5つのケース

法律上必須ではないものの、遺言執行者を指定しておかなければ実務が止まる、あるいは家族に過大な負担がかかるケースがあります。実務経験から見て、以下の5つに該当する場合は遺言執行者の指定を強くお勧めします。
相続人以外の人に遺贈する場合
内縁の配偶者、孫、お世話になった方、慈善団体への遺贈など、相続人以外への財産承継を遺言に盛り込む場合は、遺言執行者がいなければ手続きが極めて困難になります。
不動産の遺贈登記には、原則として相続人全員と受遺者の共同申請が必要であり、相続人が非協力的だと登記が前に進みません。遺言執行者を指定しておけば、受遺者と遺言執行者の共同申請で登記を完了できるため、相続人の意向に左右されず確実に遺贈を実現できます。
不動産を遺言で承継させる場合
不動産を含む遺言は、特に遺言執行者の指定が有効です。前述のとおり、2019年改正で特定財産承継遺言に基づく相続登記を遺言執行者が単独申請できるようになりました。
相続登記は2024年4月から義務化されており、相続開始を知った日から3年以内に申請しなければ過料の対象となります。相続人が登記手続きに不慣れな場合や、複数の不動産を相続させる複雑な遺言の場合、専門家の遺言執行者が指定されていれば手続きが大幅にスムーズになるでしょう。
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相続人間に対立や疎遠がある場合
相続人同士が不仲、長年連絡を取っていない、再婚により先妻の子と後妻の子の間に距離がある、といったケースでは、相続人を遺言執行者に指名するとかえって紛争を招きやすくなります。
中立的な第三者を遺言執行者に指定しておけば、遺言の内容を粛々と実行する役割を担ってもらえるため、相続人同士が直接やり取りすることなく手続きを進められます。心理的な摩擦を最小化する効果も大きいでしょう。
預貯金口座が複数の金融機関に分散している場合
被相続人が複数の銀行・証券会社に口座を持っている場合、それぞれの金融機関で個別に解約・払い戻し手続きを行う必要があります。各行とも所定の書類提出と相続人全員の署名・押印が求められるのが原則で、相続人が多いほど手続きの手間が指数関数的に増大します。
遺言執行者を指定しておけば、遺言執行者単独で各金融機関に対応できるため、相続人の負担が劇的に軽減されます。地方銀行・信用金庫・ネット銀行などが混在する場合は、特に専門家の遺言執行者を立てる価値があります。
海外居住者や行方不明者が相続人にいる場合
相続人の中に海外居住者がいると、署名証明(在外公館で発行)や宣誓供述書の取得などで手続きが大幅に長期化します。行方不明者がいる場合は、不在者財産管理人の選任申立が必要になることもあります。
こうしたケースで遺言執行者が指定されていれば、相続人の物理的な所在に左右されず手続きを進められます。グローバルに家族が分散している時代において、見過ごせないメリットでしょう。
遺言執行者を選任しなくてもよいケース

逆に、遺言執行者がいなくても問題なく相続手続きが進むケースもあります。
相続人が1人だけ、または少数で全員が協力的な関係にあり、財産が現金や預貯金1〜2口座に限られる場合は、相続人自身で各種手続きを完了できるため、遺言執行者の指定は必ずしも必要ありません。
ただし、「現時点では関係が良好」と思っていても、相続発生時に関係が変化している可能性は常にあります。財産規模が小さくない、または不動産を含むなら、念のため遺言執行者を指定しておくのが安全策と言えるでしょう。
遺言執行者を誰に依頼するか

遺言執行者には未成年者や破産者を除けば誰でもなれます。(民法第1009条)
個人だけでなく法人を指定することも可能で、司法書士法人や弁護士法人、信託銀行などが遺言執行者になるケースが増えています。
相続人を指名する場合の留意点
配偶者や子を遺言執行者に指名するのは費用がかからない最大のメリットですが、複数のリスクも伴います。指名された相続人が他の相続人から「不公平な分け方ではないか」と不信感を抱かれやすい、手続きの専門知識が乏しく実務が止まりがち、相続発生時に指名された人がすでに高齢や認知症で職務を果たせない、といった懸念です。
特に、相続人間で利害が対立する遺言(特定の人に多めに渡す内容など)では、相続人を遺言執行者にすると紛争のリスクが高まる傾向にあります。
専門家を指定する場合の判断軸
弁護士、司法書士、行政書士、信託銀行など、専門家を遺言執行者に指定する選択肢があります。それぞれ得意領域が異なるため、遺言の内容に応じて選ぶことが大切です。
司法書士は、不動産登記・相続登記の独占業務を持つため、不動産が絡む遺言の執行と相性が抜群です。預貯金の解約から不動産名義変更までワンストップで完結できる点が強みでしょう。費用面でも弁護士より抑えられる傾向にあります。
弁護士は、訴訟代理権を持つため、相続人間で訴訟が見込まれる場合や、廃除など裁判所判断を要するケースで威力を発揮します。
信託銀行は、遺言信託というパッケージサービスを提供しており、財産規模が大きい場合に選択肢となります。ただし報酬が高額(最低報酬100万円超のケースが多い)で、不動産登記など実務は外部の司法書士に再委託するのが一般的です。
国松司法書士法人では、遺言書の作成支援とあわせて遺言執行者就任のご相談も承っております。司法書士・行政書士・土地家屋調査士のトリプルライセンス事務所として、相続登記から境界確認まで一貫対応できる点が強みです。
遺言執行者の選任方法と報酬の目安

遺言書で指定する方法
最も一般的な方法は、遺言書の中で遺言執行者を直接指定することです。公正証書遺言・自筆証書遺言いずれでも可能で、「遺言執行者として○○を指定する」と一文を入れるだけで指定できます。
事前に候補者の承諾を得ておくのが実務の鉄則です。指定された人は就任を拒否することもできるため、無断で指定すると相続発生後に空席となり、結局家庭裁判所での選任申立が必要になります。
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家庭裁判所に選任を申立てる方法
遺言書で執行者が指定されていない、または指定されていた人が辞退・死亡している場合は、相続人や受遺者など利害関係人が家庭裁判所に申立てることで選任してもらえます(民法第1010条)。
申立て費用は収入印紙800円と郵便切手数千円程度の実費に加え、専門家への申立て代行費用を依頼する場合は5万円〜10万円程度が目安です。
報酬の相場
遺言書で指定する場合、報酬額は遺言の中で定めておくことができます。定めがない場合は、遺言執行者が家庭裁判所に報酬付与の審判を申立てて決めてもらう仕組みです。
専門家を遺言執行者に指定する場合の報酬相場は、遺産総額の1〜3パーセント程度が一般的です。最低報酬を30万円〜50万円程度に設定している事務所が多く、遺産規模が大きいほど絶対額は上がります。
信託銀行の遺言信託は最低報酬110万円〜165万円のケースが多く、司法書士・弁護士に依頼する場合より高額になる傾向があります。
遺言執行者が指定されていない場合のリスク

遺言書に執行者の指定がなく、家庭裁判所での選任もしないまま手続きを進めると、いくつかの実務的な不都合が生じます。
預貯金の解約には相続人全員の署名・押印が必要となり、1人でも非協力的な人がいると手続きが止まります。不動産の遺贈登記も相続人全員の協力が必要で、関係がこじれた相続人がいる場合は登記が事実上できなくなることもあるでしょう。
家庭裁判所での選任申立てを後から行うことは可能ですが、申立てから選任までに1〜2か月程度かかるのが通常です。相続手続きには相続税の申告期限(10か月)や相続登記の義務化(3年以内)など時間的制約があり、選任申立てで時間を費やすと期限ギリギリの対応を強いられるリスクがあります。
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【この記事の監修:司法書士國松偉公子】プロフィールはこちらに掲載されています。事務所概要 – 国松司法書士法人【国分寺駅南口2分】
この記事の監修者
国松司法書士法人(クニマツシホウショシホウジン)
行政書士国松偉公子事務所
オールフォーワン土地家屋調査士事務所
代表者
國松 偉公子(簡易裁判所代理権あり)
兵庫県神戸市生まれ。神戸高校、大阪大学卒業後上京。民間企業勤務を経て司法書士資格を取得。平成12年に東京都国分寺市内で司法書士国松偉公子事務所を開業。国分寺市を中心とした東京多摩地域で、開業当初から相続に力を入れ、遺言・成年後見・家族信託という相続周りの業務含め26年間で2万件を超える相談、手続実績を重ねた。その間、ワンストップサービス実現を目指し、行政書士資格、土地家屋調査士資格を取得し、事務所を併設、合わせて司法書士事務所を法人化。ハウスメーカー、金融機関、会計事務所、不動産会社等との強固な信頼関係を築きながら、エンドユーザーである個人顧客の遺言作成支援や家族信託の組成等の生前対策に力を入れている。共著に「相続手続きと生前対策ハンドブック」「相続の基本と最新対策がわかる本」(いずれも株式会社アックスコンサルティング 出版局)「地主のための相続対策」(幻冬舎)がある。
資格
司法書士(東京司法書士会所属)、土地家屋調査士(東京土地家屋調査士会所属)
行政書士(東京都行政書士会所属)、民事信託士(一般社団法人民事信託推進センター)
成年後見人名簿・成年後見監督人名簿登載(家庭裁判所)
相続アドバイザー(NPO法人相続アドバイザー協議会)
財産管理マスター(一般社団法人日本財産管理協会)
一般社団法人家族信託普及協会会員
国分寺市政治倫理審査会元委員
国分寺市財産価格審議会委員
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